2026年9月5日 ビギナーコース・ライト 怪談&大喜利
こんにちは。大阪お笑い塾です。
ビギナーコース・ライトも、無事一年を迎えることができました。
受講者の方も定着し、毎度、和気あいあいとした楽しい雰囲気です。
今回の講義では、おひとり見学者の方が来られていました。ワークに参加されていました。
エピソードトークのテーマは「怪談」
今回のエピソードトークのテーマは「怪談」でした。一見すると、笑いとは対極にあるように思えるジャンルです。
恐怖と笑いは構造的によく似ています。困りの強度が低ければ笑いになり、強度が高まれば恐怖になります。緊張させたままだと恐怖ですが、それを緩和させると笑いになるというメカニズムですね。
だからこそ、怖い話を上手に語れる人は、実は笑いを提供するのも上手だという逆説が成り立ちます。
怪談に関してということで、みなさん表情を少し怖くしながら、トーンを低めに話されているのが印象的でした。


今回の授業では、まさにこの逆説を体感できる、ユニークな発表がありました。
ぬらりひょんの正体は、うっとうしいだけの人間!?
ある受講生の方が発表したのは、妖怪「ぬらりひょん」についての考察でした。ゲゲゲの鬼太郎などの作品では、妖怪たちの総大将のような、貫禄ある存在として描かれることの多いぬらりひょん。しかしその起源を丁寧に調べていくと、意外な実態が見えてきたといいます。
もともとぬらりひょんとは、大晦日という一年で最も忙しい時間帯に、家々にぬっと姿を現し、勝手に上がり込む存在だったというのです。
忙しいときに限って、誰にも気づかれないままふらっと現れる。実態を知った発表者は、考察をまぎれつつ「で?(それ、怖いの!?)」という一言とともに、大きな笑いが起こりました。
親玉として描かれることの多いあの威厳ある姿からは想像もつかない、なんとも拍子抜けする正体。「怖い妖怪」というフリを丁寧に積み上げておいて、最後にその中身を明かすことで、期待していた恐怖が一気に緩和される。これはまさに、フリとオチの構造そのものでした。
戸田先生による、妖怪という存在への鋭い分析
この発表を受けて、戸田先生からも興味深い分析がありました。妖怪というのは、もともと隠語や符牒のようなものであり、それが具現化された存在なのではないか、という考察です。
たとえば、はっきりと言葉にしにくい不安や違和感、説明のつかない出来事を、人々は「あれは妖怪の仕業だ」という形に落とし込むことで、共有可能なものに変換してきたのではないか。
ぬらりひょんの「気づいたら誰かが家に上がり込んで、勝手にくつろいでいる」という感覚も、実際に体験した奇妙な出来事に、後から名前と姿を与えたものなのかもしれません。
得体の知れないものに輪郭を与え、笑い話として語れる形に変えていく。
これは、以前の授業でも触れた「怒りを笑いに変える技術」や「困りを言葉にする技術」というリフレーミング的な視点です。妖怪もまた、人間が恐怖や不安を飼いならすために生み出した、ひとつの表現方法だったのかもしれません。
見学者の方も交えて、大喜利で盛り上がる
授業の後半は、見学に来てくださった方も交えて、みんなで大喜利に挑戦しました。

初めて参加される方がいることで、いつもとはまた違った新鮮な空気が流れ、会場は終始楽しい雰囲気に包まれました。
怖い話から始まり、大喜利で締めくくるという今回の流れは、恐怖と笑いが地続きであることを、期せずして体感できる講義になりました。
